現代疾風怒濤短編小説『或る二人の愛』

 蜂蜜のケーキ、と彼女の声。彼女はウェルテル青年の恋人シャルロッテである。
「貴方は蜂蜜のケーキ」
 ああ、と青年は答えてケーキの欠片を口に入れる。 
「美味しい」
 これが二人の或る一日である。幸せの一時。やがて二人はまどろんでしまう。


 また或る日、シャルロッテは水族館へ向かう。勿論ウェルテル青年が同伴する。まだ建ったばかりの水族館である。館内の人混みをかき分け二人は安らげる場所へ辿り着いた。そこで二人はひどくエイを気に入って小一時間眺めていた。それは二人にとって至福の時間だった。青年が乙女の手にそっと触れると、乙女は少し笑って青年の手を握った。そんな彼女の反応に、ウェルテル青年は「嗚呼、この綺麗な彼女は生きているんだなぁ」と心に強く思い、握り返した。「俺も生きているのだ。生ける者同士の愛である」と青年は示したかったのである。


また或る日、シャルロッテは映画館へ向かう。勿論ウェルテル青年が同伴する。二人にとって何を観るか、それは問う必要がない。無論、今話題のアレ*1に決まっている。*2二人は感動に涙を流す。愛。青春。そしてそれらの輝き。そしてそれらを手にする自分達。二人はその夜、共に二方向への愛を認識したのだった。


 また或る日、シャルロッテは美術館へ向かう。勿論ウェルテル青年が同伴する。そこで女性裸体像を前に青年は不意に想像をしてしまう。淫らな想像である。哀しい哉、男の性である。このような時、たいてい彼らは真顔でいることができない。青年ははっとして乙女をちらと見る。目が合ってしまう。訪れるオウクワードネス*3。しかし彼女は微笑んだ。「全然壊れてないよ、ウェルテルの気持ち」ウェルテル青年は思った。「一生この人を愛そう。必ず愛そう。もうこの女性しか愛することはできない」と。


 その夜、ウェルテル青年は眠るシャルロッテを横に深く思惟した。自らの過去、現在、未来について。或いは横に眠る女性について。青年は幸福の真っ只中にいながら、いづれ訪れるかもしれぬ絶望を頭に浮かべた。その時、俺はどうするだろうか。また別の女性を愛すだろうか。しかし、穏やかな午後の彼女の言葉、
「全然壊れてないよ、ウェルテルの気持ち」
 この言葉に、青年は深いシャルロッテの愛、そしてシャルロッテへの愛を確信した。だから、そんな絶望が訪れる筈がないと青年は思いたかった。もしもそんな絶望がやって来れば…きっとピストルで自身の頭を撃ち抜くことになるだろうな、と彼は冗談のつもりで思った。そう、思った。

*1:『君の名は』

*2:それは二人の関係、すなわち恋愛関係を考えてみれば当然である。そもそも冒頭で作者がそのような関係を明示しておいたのだから、「映画館」というワードが登場した時点でアレが想像できないようでは先が思いやられる。特に国公立大志望の文系受験生諸君。この時期になってこのくらいが出来なくては、私立理系を考えなくてはなりません。

*3:気まずさ・訳者注