しあわせです。

引っ越したのは2日前だった。新しい街は人通りが少ない。先程は隣駅の中古屋で買った本達を抱えて一人歩いた帰り道。そして新しい街は人通りが少ない。レズビアンのようなあたたかさを保存した公園の橙の灯りに包み込まれたが気分は上がらなかった。詩人的な始まりを模索していたら危うく木にぶつかるところだった。自分の歩く歩道橋はやがて高速道路と重なりあって恒星のような明るさを放つ。どこへ向かっているのか分からないが、多分渋谷だろう。


2月26日、東京大学の二次試験が終わった帰り、私は知り合いと共に渋谷にいた。その時、私には解放感が強かったが、私自身の怠惰による不甲斐なさは確かにその存在感を私に訴えていた。渋谷の交差点。広いなア。そこで非人間的な灯りと人間的な私の精神とがそっと触れあい、その瞬間に人々の動きは静止したように思えた。あっ、世界はこうやって終わっていくんだナ。でもノイズは残ったので、やはり、私は、汚れた。そして動き出した人々はいる。知り合いもいる。私もいる。私も要る?(―要らない)アッ、そっか。


世界的なシュールが君たちを襲う。(―早く逃げないと!)でも安心してほしい。シュールは君を内側から変えはしないだろう。君たちはオと言われたらオと返せばいいだけだし、oと言われたらoと返せばいいだけだし、おと言われたらおと返せばいいだけだし。表面的なことにすぎない。昨年死んだトキワ君の大ファンがオと泣いていたんですが、私はやはりオと慰めてあげました。私たちはしあわせです。君たちはしあわせです。


細い腕を丹念に洗ったら湯船に浸かりましょう。明日のあなたのために。


存在が消えてしまうと、それは死ですか。


さようなら