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建造された大統領と大晦日に死んだ猫

 男が懐古するのは50%の確率で冬、それはたとえば迷路的なシンセサイザー、たとえばアルコールを含んだティッシュー。スマートフォンの画面上に魚眼レンズの裏。スニーカーは忘れた頃に履き慣れたようになって迫る人々。斜陽に照らされた団地、子供らの声は普遍的道徳で、その時我々の目に映るものは突然の雨、或いは疑問符を纏う蜘蛛。(音響が不完全だとその限りではない)


 女が悲鳴をあげるのは20%の確率で男、それはたとえばダダ的な加速するTwitter、たとえば北極の最南端で実施される大統領選挙。唯一的な灯の例外的失速に人々の温暖、適当な柔らかさに収束していく我々の枕と角膜。管弦楽の性的犯罪を咎めるプラスティック手帖。政治的圧力は三度、いや四度その対象を変化させる。大空の罪状はその圧倒的な青さと人々に対する自殺幇助。


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 自由の隠喩を探索する考古学者を嘲笑する猫は幸福の隠喩。国粋主義の膝はいつしか紅潮し雪崩のような月桂冠は獲得できない。任期を満了した大統領は誰にも理解されず、自殺。素直な青年は花を添えるが、それは自殺した大統領に向けたものではない。ふしだらなスピーカーが発声練習を誘惑し、たちまち終結する論争。新たに開始された論争は誰にも理解されず、自殺。


 午後三時頃といえば不確実な返信と純粋な愛情に発狂する少年、そして彼を描いたかつて高名だった画家はもはや名前を忘れ去られている。ウズベキスタンの砂漠では今日も一人のチベット仏教徒がその足を前へ進めているが、誰も彼のことなど知らない。憂鬱のためにベランダの斜面からハイジャンプした青年のことなど、その家族しか覚えていないのだが。


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 空調に問題点を見出だす天才児は周囲の空気だ。ブルーレイディスクを取り出す手つきはサディスティックな音声と合致しながら回転している。たとえ留守番中の女児が悲しみに肩を前後させ三木武夫の六週連続記念番組を眺めていても。肋骨を複雑骨折した大学の食堂はその明るすぎる程の明るさで我々を照らしながら涙を誘うのに必死だがそれはやはり無駄だった。


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 かつて怪物だった二足歩行の獣が今では朝から町を徘徊している。